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【笑品】ワンビュー募金活動報告

桜も開花し、新入生らしき人物も学内で見かけるようになりました。
こんにちは、大学5年目を迎える一瀬です。

さて、みなさんは覚えていらっしゃいますでしょうか?
昨年9月に公開開始しました『コントロールS』第12回2011年9月分で
再生回数に応じて笑品メンバーで被災地に募金するという"ワンビュー募金"を・・・。

当初は「10月末にコンビニに備え付けの募金箱に」などと言っていましたが
いつのまにか半年が経ってしまいました。

そして先日、ようやく集めた募金をとあるところへ届けることができましたので、
YouTubeで報告させていただきます、ご覧ください。



どうしてこのようになったのかをこのブログでご説明いたします。

ワンビュー募金に関する当初の説明は、2011年9月3日に更新しました
【コントロールS】第12回配信開始!今回はチャリティー企画も!!
をご確認していただくことにして、その結果1か月間で419再生されました。

そこで経済的に厳しいメンバーを除いて笑品制作班ひとり420円ずつ出し合い
10月中旬の時点で8,000円近く集まりました。ここまできたらあと2000円ちょっと
追加できないかということになり、すでに420円寄付したメンバーから数人が追加に協力しました。
その結果、当初設定していた上限の1万円分が募金用のペットボトルに集まりました。
(ちなみに、引き受けてくださった場所で集計してもらうと、実は1万円に300円弱足りないことが発覚。
その場で追加して1万円にしたという事実が・・・)

そして集めた1万円を1万円札に両替して学園祭1日目に大学近くのコンビニの募金箱へ!
真面目にやるのも番組的にどうかと思っていた部分もあったので、
当時Twitterで万札を募金箱に入れる瞬間を見たツイートが出回っていて
コンビニの場合は、それを参考にコンビニの外でカメラを回して、僕かほかのメンバーが1万円札を手に
入店して、ちょっとした茶番をやったのち、募金箱に泣く泣くお札を投入する・・・という感じを考えてました。

しかし、学祭1週間前になって本当にそれでいいのかという疑問がわき始めました。
コンビニにアポをとってなかったのもそうですが、それ以前に本当にその1万円は赤十字に行くの?
と思ったのです。コンビニにで募金した、という映像的な証明はできるかもしれないけれど、
領収書などもっと公的な証明は残らないし、どうなるか分からない(そのコンビニがそうでないと思うけれども。)
ただでさえ、自己満足な部分も否定できないこの企画が完全な自己満足で終わってしまう・・・。

そう考えて、コンビニでの募金を見送ることにしました、その後すぐに
日本赤十字社の長崎支部に直接届けよう!という案がでました。
メンバー数人で届けにいって(この場合の演出は歴代コントキャラに扮して)
証明書を発行してもらうことでコンビニよりは信頼できる!と・・・でも結局しませんでした。
この場合は、仮装したメンバーが浮くことが要因でした。
また白紙に戻り、その後N杯全国大会やら後期試験が近づき、企画は凍結しておりました。

そして2月中旬、試験が終わったのを機に再びどうやって募金を届けるか考えました。
日に日に3.11が近づくことから、被災地に行けないかが鍵となってきました。
実際に現場で撮影することは、コンビニよりも長崎の赤十字社よりも映像それだけに力があるはずだと。
正直そのときに宮城まで行く旅費は一切ありませんでしたが、もうこのままずるずる引きずることはできないと思い、
家族の協力のもと、3日間(移動日含めると5日間)単身宮城へ行く段取りを2月末に整えました。

しかし、このときもまだどこで集めた募金を使うか悩んでいました。
春休みに入り部会や班全体での集まりがなかったのでメールで意見交換もしました。
「地元で採れた野菜を買うのはどうか」とか「あっちの赤十字社に持っていくのはどうか」とか・・・
しかし結論がでないまま3月9日の夜、僕は宮城に着いてしまいました。
(つまり今回アップした動画の時点では河北新報社さんが募金を受け付けていることを知らなかったのです)

宮城にツテがあるわけでもなく翌日10日、僕は朝からJR仙石線に乗って石巻へ向かいました。
日本三景の一つ松島から東は津波で途中の駅までふつうになっていたので、代行バスに乗車しての移動でした。

仙台市街地はあれから1年が経過して被害のようすを見て取れませんでしたが、仙台市を離れ、
沿岸部を走っていくと、震災前は建物があったであろう空地が目立つようになり、
代行バスの区間では撤去されていない家や車が点在していました。

細かく書きたいのですが今回はワンビュー募金についての話なので本題に戻します。
震災から1年の日の3月11日は仙台市若林区の荒浜(海岸沿いの平たい町でこんかいの震災で多くの犠牲者が出た)で

地震発生時刻を迎え、宮城取材最終日12日の朝を迎えてしまいました。
被災地取材もあって募金方法の結論がでないまま、コンビニで購入した東北地方のブロック紙・河北新報
(新聞自体は、行く前から地元紙を3日間分購入しようと思って買い溜めしていました)を
バスの中で読んでいると、「義援金募集」の記事が!

受け取るだけでなく、証明として団体名と金額を新聞とサイトに掲載してもらえる旨も書いてあり、
「これだ!」と思ってすぐにメンバーにメールで意見を求めたところ、
「いいのではないか」という意見をもらったので、取材予定を少し変更して昼過ぎに仙台市内に戻り、
電話でアポを取り、撮影を含め快く了承してもらいお忙しいなか担当の方に時間を割いていただき、
1万円全額を河北新報社さんに渡しました・・・これが全容です。

なので、今回アップした動画はフィクション・・・ではない
(実際的に河北新報社さんに渡すことができたのだから)のですが編集上での脚色・演出が入っております。
というよりも、2か所ほど暴言に近い言葉も動画に入っています。が、あえて削除しませんでした。
実際、震災から1年が経過した宮城に行って、被害が少なかったところと多かったところ、
都市圏と(語弊覚悟で)僻地での差があまりに違い、白か黒かとかそんな二元論で言えるものじゃない事柄が
多くてその怒りというのかモヤモヤした気持ち(あと疲れも)をこの完成した動画に残しました。

批判覚悟で今回、裏事情を書いてます(反論とか言い訳とかするかもしれませんが)
とにかく、この震災に対する知識・情報不足は痛感しました。ただ、いくら調べつくしても
すべてを知ることは不可能でしょうが(特に原発事故が今も現在進行形で続いていますし)行くにあたっての時点で不足しまくりでした。戻ってきてから調べて知ったことばかりです。

ワンビュー募金のプロジェクトはこれで終わりですが、東北の復興はこれからが本番です。
僕はまたなにかの形で応援したいと思います。

河北新報社さんや宮城でお世話になったみなさんに感謝、
あとはこんな結果になった企画を見届け続けた笑品制作班のみんなもありがとう。
被災地取材のもようはしばらくしたら個人のほうで編集して公開したいなと思っています。それでは。
[ 2012/03/31 16:03 ] おしらせ | TB(-) | CM(0)

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